小百合さんが、キッチンに立ちながら両手で頭を押さえている。
「どうしたの?」と声をかけた。
手を離しながら、こちらを向いた小百合さんは、ボーーっとしたまま。
「どうしたんだよ!」と、大声を出した。
「あのね。ボケてしまったのかな?
やかんをヒーターに掛けておいたはずなの。
ヒーターから外した記憶がないのに、やかんは消え、お湯はポットに入っているの。
一生懸命思い出そうとしてるんだけど、そんなことした記憶がまったくないの」
ほんとに、私、ボケてしまったのかしらという表情だ。
目はうつろだし、声もまったく張りがない。
『おいおい、ほんとにボケてるみたいだ!大丈夫かよ?』と思った。
「お湯が勝手にポットに入るわけないだろ」
お湯が沸いたとき、小百合さんは、ベランダで鉢植えの写真を一生懸命に撮っていた。
鉢植えに水をやっていた自分が、お湯が沸いているのに気がついて、ポットに移しておいた。
声はかけておいたが、撮影に熱中していた小百合さんは、気づかなかったようだ。
それにしても、これで悩むとは、ボケはほんとに恐ろしい。